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フェライトの父 加藤与五郎生家跡
フェライトの父、日本のエジソンともいわれる加藤与五郎博士は、明治5年(1872)野田村(現野田町)に生まれました。磁性材料の発明など300余りの発明を行い、85歳の時に文化功労賞を受賞するなど数々の偉業を成し遂げました。昭和41年、94才のときに生家跡に顕彰碑が建立され、95才で永眠したあと妻のトラさんと共に野田町の昌福寺で安らかに眠っています。生家跡は母校である双葉小学校の児童たちが定期的に清掃を行っているほか、毎年秋に顕彰祭が営まれており、各界で活躍しているかつての教え子たちも多く刈谷を訪れています。生前与五郎博士が自分の母校などの小中学校の生徒たちのために奨学金を贈っていた遺志を、彼が晩年私財を投じて創立した「加藤科学振興会」が受け継ぎ、市内7つの小中学校で毎年3月に「加藤与五郎賞」の表彰を行っています。刈谷市では小中学生による創意工夫や自由研究が全国でもトップクラスの賞を受けており、小学生による発明クラブが活発に活動するなど、与五郎博士の遺志が現在まで受け継がれています。